塾講師のこれからの目標

管理職昇進と異なる処遇の設定にさしあたりは成功しなかったことを意味しているように思える。
一九八〇年代に急速に導入された専門職制度は九〇年代には頭打ちとなってしまったのである。
これはほとんどの企業で導入された職能資格制度と比べると大きな差である。
しかし、今やこの専門職制度が本当に機能しうる時代に差しかかっているのではないだろうか。
第5章でみたように、企業は、管理職昇進というシステムに頼りにくくなっている。
また、成果主義化や企業の雇用保障への不安感は個人の志向を管理職から専門職へ移しっつある。
企業の存続が不安定だという認識の強まりは、自社でしか通用しない能力の比重の高い(と思われている)管理職の魅力を減少させるとともに、他社でも通用する職業能力を身につける専門職への関心を強めている。
ある銀行での話によれば、かつては、年金専門営業とか、不動産専門の営業の部門に異動すると管理職コースからはずれ、専門職となってしまうということで、「とはされた」という感覚があったというが、現在では、同業他社や異業注:企業規模別に示した。種でも通用するプロフェッショナルとして、むしろ好まれるという。
「つぶしがきく」ということである。
統計調査は知らないけれども、このような個人の意識の変化は、専門職を受け入れやすいものにしているし、プロフェッショナルとしてのキャリア形成を希望する人を増やしているのではないだろうか。
したがって、もし企業が専門職を真のプロフェッショナルとして養成し、それ相当の処遇をすれば、専門職が管理職になれなかった人のための処遇ポストという今までの位置付けは変化するであろう。
企業自体がエソプロイヤビリティをいう時代なのである。
このように、従来必ずしもうまく機能してこなかった専門職制度を真に確立しうる環境が生まれつつあるようにみえる。
それぞれの専門職は多様であり、資格制度の役割は限定されたものにとどまるであろうが、企業での実務経験を通じて自己のユンプロイヤビリティを高める方向へ状況は進んでいる。
私たちは、今こそ其の専門職制度を確立させる好機として理解すべきである。
最後に残る問題は、管理職にもプロフェッショナルとしての専門職にもならない社員の処遇である。
成果主義のもとで賃金上昇は今までのようには望めない。
しかし、そうした生き方・働き方を選んだ人も安定した雇用さえあれば、モラールを急激に低下させることはないだろう。
そうした人たちがそういう生き方を選んだ人として、企業のなかで「承認」されれば、彼らはまじめに働くだろう。
賃金額や昇進の有無の問題ではない。
職場での、正当で人格的な相互認知が最も重要である。
もし、そういう人たちを排除しようとすれば、職場はぎすぎすしたものとなり、猛烈でない人が居たたまれなくなり、すさんだ職場しか残らないだろう。
そこで働く人は幸せではないだろう。
企業としての能率向上も望めない。
同じ職場で働く老同士の相互認知・相互承認ができる環境を整えることが企業にとっても必要なのである。
多様な正社員を可能とするためにさて、本書のテーマである多様な正社員には、何の制約もない従来の正社員像に比べて、いろいろな制約がともなう。
制約が強ければ強いほど、キャリア形成の可能性は狭くならざるをえないだろう。
たとえば、限定勤務地社員であれば、地域を超えた異動は不可能である。
キャリアアップの機会ほどうしても少なくなる。
しかし、転勤のない範囲でもいろいろなキャリアアップの機会はあるだろう。
今話題になっている短時間正社員というタイプを考えることにしよう。
短時間だからといって、仕事内容が単純であるとは限らない。
当初は、何の制約もない正社員として働き、子育てなどのときに一時的に短時間正社員となる場合、専門的な仕事をこなす技能をすでに身につけていれば問題ない。
責任のかなり重い仕事につくこともあるだろう。
また、子育てが一段落すれば、再びふつうの正社員(ただし限定勤務地社員などの可能性もある)にもどることができるようにすれば、個人のキャリアは生かせるし、企業もそうした人材を生かせるのである。
またフルタイム働くが残業はしない正社員の場合でも、キャリアアップはできる。
残業しなければ身につけられない技能などはむしろ少ないのではないだろうか。
このように考えていけば、制約のあることによって、能力開発が全面的にできなくなるケースはむしろ少ないように思える。
明らかに、パートタイマーやアルバイト、さらには派遣労働者のキャリア形成よりも深くなるだろう。
ここで企業にとって最大の問題は総額人件費負担である。
すでに第3章で述べたように、これには社会保険制度をはじめとする、正社員割高システムを廃棄し、非正社員割高システムをつくることが望ましい。
これはとても困難な課題である。
なぜならば、非正社員の課税や社会保険料の徴収は正社員よりもむつかしいからである。
「取りやすいところから取る」とは、税金でよくいわれることであるが、最も取りやすいのが正社員であることは明らかである。
それでも非正社員から取ること自体はさほどむつかしくない。
問題は、そうなると徴税の困難が大きい個人請負や請負業者による「偽装請負」が多発しかねないことである。
雇用関係でなければ、労働法の「わずらわしい」規制もない。
単なる民法や商法の規定で済む。
現在でも大きな問題である偽装請負の問題が拡大する危険性がある。
にもかかわらず、正社員雇用が企業にとって割高となるシステムをつくり変える政策が必要だと思う。
こういった危険性を排除し、正社員雇用を税制や社会保険料負担の観点から割安にすること、せめて中立的にすることが、正社員雇用を増やすイソセソティブを企業に与える。
それは安定した雇用と中長期的なキャリア形成を可能とし、個人には真の意味での生活と仕事の無理のない配分を可能とするであろう。
具体策としては、労働市場ルールが守られるしくみをつくることである。
それには労働基準監督行政を大幅に充実する必要がある。
規制緩和の流れのなかで労働市場規制も事前規制から事後規制に移行すべきだといわれているし、私も職業紹介規制をはじめ同感することは多い。
問題は、事後規制をしっかりすることである。
事前規制を緩め事後規制をしないのでは、労働市場改革とはならない。
不正を許し、ルールを守らない者が得をするシステムをつくっては、労働市場はうまく機能しないだろう。
誰もが守る公正な市場ルールのもとで、企業は放烈な製品市場競争に挑むのである。
こうした公正な市場ルールが守られれば、先に述べた正社員雇用を割安にするシステムは決して夢物語ではなくなるだろう。
なお、雇用関係は上下関係であり拘束が大きいが商取引関係は自由で平等な関係であるから、後者のほうが望ましいという考えもある。
しかし、商取引関係で自由を満喫できるのはごく少数である。
正社員と非正社員、安定した雇用と不安定な雇用という観点を私は重視したい。
人材以外に有力な資源のない日本が今後も豊かな国でありつづけるためには、人々に鞭するのではなく、キャリア形成が無理なく推し進められる社会的しくみが必要なのである。
補論能力開発と若年者・中高年者若年者失業の問題かつては気楽な存在として「フリーター」が捉えられていたが、事態は徐々に深刻化している。
フリーターの将来はきびしい。

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